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ある生徒との出会い

地平線が明るくなる

2012年6月、1本の電話が鳴る。

「体験授業に伺いたいのですが・・・」お母様からの電話。胸が高鳴る。

 

下町浅草に生まれ、スポーツは野球、文武両道をめざす少年時代を送った。文武両道は果たせない葛藤もありながら、大人となり高校野球部のコーチ経験から、「人の才能を伸ばすこと」に目覚める。

 

社会人としての仕事を経て、高校教員や塾講師で教壇に立ち、家庭教師としてお子様とご家庭との間で教育観を深め、計3000名に及ぶ生徒と触れあうことで、こどもと学力についての関係性を研究、教育の課題も見出していく。

 

10年の教育経験をもとに、いざ開塾する。自分の教育を伝えていくんだ!楽しく落ち着ける森のような空間で、学びを通して才能を開花させるんだ!

 

初めての電話。どんな生徒が来るのだろう。教室の印象はどうだろうか?「こんにちは。」お母さんの顔が見える。後ろから中学2年生の男子生徒がついてくる。教室に入っていただき面談ルームで対面する。経験があるとはいえ、こちらも緊張する。

 

お互い座り、ペンと用紙を手にして、ふと私が前の二人に目を移したとき、対照的な光景が広がっていたのだ。私から見て右側がお母さん、左側が生徒。右のお母さんは椅子に腰掛けるや、前のめりの姿勢で私の方を見る。肩を落とし、およそ彼の座高の半分くらいは下がっているのではないかと思えるくらい、うなだれて目を合わさない左の生徒。

 

間髪入れずにお母さん。「先生、うちの子は勉強しないんです。最近、成績がみるみる落ちてきて。1年のころは点数もよかったのに、2年生になってこれだけしか取れないんです。なんでこんなにダメになってしまったのでしょうか?」この数秒の出来事で、対面している二人の対照的な姿の意味を知る。とともに、この根深く、大きな岸壁のような固くぶ厚い教育の課題に、教室を開いて、生徒を迎えた初めてのこの瞬間に、直面することになった

 

左に目をやると、なおも生徒はうつむいたまま目を合わさない。その時、走馬灯のように思い浮かんできたこの呪縛。「勉強」というこの2文字がこうも大人を駆り立たせ、こうも子供をうろたえさせる。

 

この時、私の仕事が始まったのだ。

心が躍った自分の城を持つという喜び、生徒やご家庭を幸せにするんだという決意、教育を変えていくんだという希望。

一瞬にして心の奥の炎に点火したのが分かった。心してかからなくてはいけない。逃げるわけにはいかない。小手先のテクニックでは変えられない。自分の人生をかけた戦いが始まったのだ。

 

今、仮に、このうなだれている彼に対して、試験対策はこうするんだ、連立方程式はこう解くものだ、宿題をやりなさい、と言ったところで、到底、彼を変えることはできない。それは氷山の一角のように、海面に出ているほんの小さな部分を磨いたところで、海面の下にある何千倍も大きく固まってしまった氷の重さに耐えかね、ひとたび大きな波が来たら沈んでしまうだろう。どうすれば彼を、胸を張り、背筋を伸ばし、顔の表情が柔らかく、前向きな発言をする生徒にできるのだろうか?

 

それだけではない、まるで子供が悪いことをしたかのように、犯罪者かのように、うちの子はダメなんです、なんでこうならないんでしょうか?と、前のめりに責めたててしまう親御さまを、どうすれば、どっしりと座り、全身の固い筋肉がほぐされ、おだやかな口調で、笑顔で子供の成長を見守ることのできる姿に癒してあげられるのだろうか?

 

これは、その親子を通した今の教育の縮図なのだ。そこを無視しては何も始まらない、変わらない。目をそむけるわけにはいかない。

私の仕事が始まったのだ。

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